団塊おやじの友縁地(ゆうえんち)

カテゴリ:行きつけ処シリーズ( 74 )

行きつけ処シリーズ34 「林試の森公園 モミジバフウ」

先日、林試の森公園を横断し武蔵小山駅に向かう途中の水車門近くで珍しい実?に出くわした。歩道一面にそれは落ちていてまるで忍者のマキビシのようだ。持ち前の好奇心からそのマキビシもどきを観察すると棘と棘の間に何やら種子のようなものがある。
早速、調べてみるとまずはアメリカ産の高木で「モミジバフウ」という木であることが解った。そしてこの木は大正時代に渡来し主として街路樹として活用されているとか。もみじの葉のカタチで秋には紅葉が大変美しいと記されている。う~ん、紅葉の印象が薄いのはどうしてだろう?多分林試の森には多くの紅葉樹があり目立たないのか、それとも単純にもみじだと思っていたのかもしれない。いずれにしてもこのマキビシを発見して知らなかった木の名前・特徴が勉強できました。ずいぶん先ですがクリスマスリースの松ぼっくりの代わりにこのマキビシを使ってみようかとも思ったら、よく使用されていると書かれていました。だれしも考えることは一緒ですね。
f0138653_18323914.jpg
[PR]
by shisenan | 2009-02-13 18:34 | 行きつけ処シリーズ

行きつけ処シリーズ33 「池上本門寺」

f0138653_1059420.jpg
一昨日の月曜日、かねてから訪問しようかと思っていました。池上本門寺。そしてそのなかにある懐石料理の店「花むら」を訪ねました。国道1号線(東海道)を日本橋から15kmの地点に池上の丘があります。ここは鎌倉時代の武将池上宗仲の住居でそこに日蓮上人が立ち寄り逗留した地(ここでお亡くなりになった)その地に本門寺が・・・(あえて調べず子供の頃の記憶を記したので大雑把)。数十年ぶりに訪れた本門寺は本殿、五重塔と昔の記憶同様に荘厳な佇まいを見せていました。平日にもかかわらず訪問者は多くその人気が窺われます。私のお気に入りは五重塔。ベンガラ色の重厚な姿は見ごたえがあります。広大な敷地をぐるり散策し著名な方のお墓なども拝観し、お腹がすいたので朗峰会館内にある「花むら」に。ここは知りあいの店で小堀遠州作のお庭を見ながら日本料理が楽しめるところです。4000坪のお庭、池の向こうにはあの有名な西郷&勝が江戸城明け渡しの会見をした地が森となって見えます。そんな借景を見ながらのお食事は格別。ちょっとお酒を、そして綺麗に盛り付けられた品々を食し、麗しいおかみの説明を聞き、満足な時間を過ごしました。
[PR]
by shisenan | 2009-02-11 11:00 | 行きつけ処シリーズ

行きつけ処シリーズ32 「自由が丘・黒船」

私のお気に入り甘味の中に「どらやき」があります。全国に「どらやき」数あれど(知っている数もたかが知れているかも・・)1に黒船、2、うさぎやです。今回はその黒船(quolofune)の「どらやき」を紹介します。まずは「黒船」という変わったネーミング。近世初頭から幕末にかけて日本に来航した艦船の俗称ですが、来航のたびに欧米の文化を持ってきました。とりわけ食文化は当時の日本人には見たことも当然食べたこともないものだった。その中にあってカステラがとりわけ好まれ、歴史とともに日本人の食文化に根付いて今日に至っています。カステラから波及して日本独自の「あんこ」が混ざり「どらやき」という最も好ましい食べ物ができあがった。
前置きはさておいて、黒船の「どらやき」は食感がもちもちとし、カタチは船。小豆もほどよく甘く一口半でぺろりです。店もおしゃれな街自由が丘に相応しい洒落たデザイン。パッケージも大胆&シンプルなデザインで印象的です。本日、自由が丘に程近い鍼とマッサージの店「オアシス」に施術してもらいに行ったら、お姉さん先生にお年玉で「どらやき」をいただきました。「寝る前に全部食べたらだめですよ」との注意もいただきました。
tel03-3725-0038f0138653_23384755.jpg
[PR]
by shisenan | 2009-01-16 23:43 | 行きつけ処シリーズ

行きつけ処シリーズ31「人形町」

江戸情緒が残っている街で私が好きな街は人形町とその周辺です。160?年征夷大将軍となった徳川家康は天下人の威信をかけて全国の大名に千石につき一人の人足を出させ江戸の町の大改革を行った。そのとき城下町の町割りが出来(人形町も出来上がった)基盤が整った。日本橋から江戸橋にいたる所は多くの魚が運ばれ河岸として江戸の台所を担ったとある。関東大震災までは築地ではなく魚河岸はこの地にあった。橋向こうの人形町は絹や綿の繊維を扱う町として、また人形芝居の芝居小屋が多くあったことから人形職人が多く住み着き「人形町」と呼ばれるようになったようだ。蛎殻町あたりには移転する前の銀座があったり、遊郭も吉原に移転する前まではこの地にあった。名残として芳町のいなせな芸者さんなども有名。3星の料亭もあれば、有名俳優が通った親子丼屋さん、人形焼やら甘味処、鯛焼きの店、小粋なすし屋、昔ながらの喫茶店、洋食屋さん、雑貨屋さん、・・・etc。ちょっと足を延ばすと安産で有名な水天宮があり、箱崎にはエァーターミナルまである。浜町には明治座もあり、そう近くには美味しいフランス料理のレストラン。人形市もあれば陶器市も、べったら市もあり飽きない楽しみいっぱいの人形町界隈です。
f0138653_08272.jpg

[PR]
by shisenan | 2009-01-16 00:10 | 行きつけ処シリーズ

行きつけ処シリーズ30 「園山」

料理研究家でありフードコーディネーターでもある園山真希絵さん。彼女は和食の店「園山」のオーナーでもあります。その店「園山」に私のお店のお客様と昨晩お邪魔してきました。園山さんとは「外食の教科書」という本を出版されたさい弊店を紹介していただき、それからのお付き合いです。座右の銘は「食べる門に福来る」「仕事は人格の延長」「努力に勝る天才なし」「最大のピンチは最大のチャンス」などとにかく凄い方です。彼女は最大時から25kgのダイエットに成功し現在は本当にスリム。私などこんなに細くて大丈夫なの?と思うくらい細くて綺麗な方です。しかもよく食べる、その量は不通の男性を凌ぎます。かなり不思議です。さて「店」ですが恵比寿駅から推定徒歩5~6分でしょうか。私は未だにストレートに行けず迷います。こんなところ入って行っていいの?という路地を入り、これよその家では?と思うような木戸を潜ります。入店するまでにサプライズ、入店してからは部屋&調度品などが昭和初期のお家みたいな安堵感。出てくる料理はちょっとしたお客様をお招きしたときのような家庭料理。どれも美味しく和みます。そして何よりも働いている人たちが若く綺麗な女性とくれば酒も進み、たっぷり飲んでお腹満足ないいひと時を過ごします。ご馳走様でした。 tel03-5789-9899f0138653_1218561.jpg
[PR]
by shisenan | 2009-01-14 12:27 | 行きつけ処シリーズ

行きつけ処シリーズ29 根津 bar「桃と蓮」

ちょっとした縁で以前表参道のbarにお邪魔したことがありました。そのカウンターの中にはマイク真木さんを太らせたような人物がつまみの品をつくりお酒を提供していました。寡黙ななかにも不思議な臭いがし、語り合っているうちに大学の先輩でもありカメラマンであることが解かりました。若いときからヨーロッパに魅せられ住居を移し様々な被写体を撮りまくったようで、店にはその写真が飾られていました。(北欧の白夜)それからは私の店にも来ていただきお付き合いさせていただいておいります。今年になって彼が根津にbarを開業しました。こじんまりとした隠れ家的なbarです。名前が「桃と蓮」意味は解かりませんが何となくそんな感じもします。TVドラマではないけれど二足の草鞋をはいて昼はカメラマン家業&夜はbarの親父。私が目指しているかっこいい生き方を実践している方です。f0138653_10315626.jpg店09055475767 (1月末まで広尾にて個展をされてますstudio primo 03-5791-2356)
[PR]
by shisenan | 2009-01-09 10:32 | 行きつけ処シリーズ

行きつけ処シリーズ28 根津 レストラン「MOMO」

今から3年ぐらい前、グルメ雑誌に根津の飲食店紹介記事が載っていたのを目にしました。谷中に私の母が住んでいる関係上その界隈で食事をよく伴にします。そんなことでこの界隈に美味しい店はないものかと探しているところでした。MOMOという名はオーナーシェフが大桃君といい苗字からとったとか。強いてあげればフレンチですが、まぁ洋食です。しかし趣向を凝らした料理はそれぞれが楽しく、しかも美味しい。そして若いシェフが一生懸命仕事をしているのが見るに付け清清しい。何度か利用していたとき常連で隣席となったご婦人が、私がお世話になり懇意にさせていただいている方のお母様であったことが判明。世間の狭さと何かの縁を感じざるを得ません。そのとき何かの話の延長で私が店の名刺をお渡ししました。その後その名刺は息子さんの会社の蕎麦好きの方に紹介されたとか、またその蕎麦好きの方は私の蕎麦を食されゴルフもご一緒させていただいている方でした。当然息子さんの耳に入り私に連絡が入った次第です。「0月0日、根津で食事をしてたでしょ!そのとき隣に女性2人いなかった?その1人に名刺をわたしましたか?その女性は私の母です。」毎年お母様も息子さん夫婦そしてお孫さんも私の年越し蕎麦を食していただいております。tel03-5814-1039f0138653_2349498.jpg
[PR]
by shisenan | 2009-01-08 23:56 | 行きつけ処シリーズ

行きつけ処シリーズ27 那珂湊 鮨処「寿し久」

私の家族が海水浴に行くというと交通が便利な常磐道を利用し茨城の海へと出かけるのが常でした。大洗海岸、阿字ヶ浦海岸。その後子供たちが大きくなり海遊びをしなくなった時期の前後に会社の保養所が那珂湊にでき、慣れ親しんだこの地をまた訪れだしました。
以前は目抜き通りにある観光客が利用するような店で食事をしていましたが、あるとき地元のガイドブックに紹介されていた寿司店を女房が発見し訪ねました。℡の応対は無愛想、行けばいかついご主人がカウンターの中に、「これはちょっと!」と思えば傍らに美人で愛想のいい奥さまが応対。早速寿司ネタを頼んだところどれも美味しく舌鼓。それ以来この地を訪れたときは顔を出し家族ぐるみで美味しいお寿司を食させていただいてます。私が蕎麦店を営むことを思案中も飲食店のありかた、大変さを教えてもらい、試作の蕎麦も食してもらいました。そのときの貴重なアドバイスは今日でも役立っています。本日(1月5日)は寿し久の寿司を食べるため女房の実家の母を伴い往復190kmのドライブ。地元の蛤を焼いてもらい蛸、貝類を、ヒラメも、そして涸沼産の蜆汁でしめてお腹満足なランチでした。℡029-263-6696(水)休み
f0138653_01545100.jpg
[PR]
by shisenan | 2009-01-08 00:17 | 行きつけ処シリーズ

行きつけ処シリーズ26 「目黒不動」

2009年1月1日は恒例の目黒不動に初詣に行ってまいりました。
例年元旦は込むことが予想されたので、今年は早めにと大晦日の夜8時ごろ御参りに行ったところ、露天商も準備中、境内も閑散、本殿も閉まっていて御参り叶わず。「こんな早く来たってだめだよ~」とあきれた顔で露店のお兄さんに声をかけられいったん帰宅。それではと除夜の鐘の鳴る頃「いざ!御参りに」と思ってはみたものの睡魔が襲い明朝に。元旦の朝は起きたら昼過ぎ、ファミリーの新年会の準備やらでバタバタし無事食事が済んでやっと出陣。しかしもう夕刻となり前日同様の閑散とした境内で露店は店じまいの準備に入っている始末。そんな境内を巡りながら本殿に(さすがに開いてました)今年の願いをこめてやっと御参りをさせていただきました。以前、お寺の関係者に聞いたところによるとお不動さんは商売の祈願はご利益なしとのこと。家内安全、無病息災がメインだそうです。従いまして商売繁盛は大鳥神社にお願いにあがりました。
初詣のダブルヘッター。すべてにご利益があることを願います。
f0138653_2343662.jpg

[PR]
by shisenan | 2009-01-07 23:06 | 行きつけ処シリーズ

行きつけ処シリーズ 26 「碑文谷公園」グラウンド

その昔碑文谷公園の池は灌漑用の溜池でかなりの大きさであったらしい。将軍がこの地に鷹狩りにやって来る目的のひとつが池に飛来する野鴨であったようだ。この公園近くの鷹番という地名は当時鷹匠が住んでいた名残とのこと。現在は公園の池を中心に小動物がいたり花が植えられたりで四季を通じて楽しめ休日には賑わいをみせている。通りをはさんで隣接した敷地には球戯場がある。以前は第一勧業銀行のグラウンドであった。(2001年に碑文谷公園となる)野球大好き人間であった私はこのグラウンドにはたくさんの思い出が詰まっている。あるときはマウンドでその勇姿を誇り、またあるときはライトフェンスを越えるホームランを、大事な場面でエラーをしたり、勝ったり負けたりに一喜一憂した若かりし頃のことが訪れるたびに蘇る。試合が終わり池のほとりを歩き、学芸大学駅までの道すがらちょっと寄ってはジョッキを空け、ラーメンを啜りチームメイトと騒ぐことがしばしば、それも楽しみのひとつであった。今はと言えば野球とはまったく関係なくちょっと寄るその楽しみのみに集約し学芸大学駅周辺の同じような店でジョッキを空けている。
f0138653_014315.jpg

[PR]
by shisenan | 2008-12-19 00:18 | 行きつけ処シリーズ